五反田敗北の女相撲オリジナル小説『流花 女横綱への道 ~闘志の体幹~』
『流花 女横綱への道 ~闘志の体幹~』
大学相撲部の部室は、汗と土埃の匂いが濃く染みついていた。
流花(るか)は三年生のマネージャーとして、朝六時から夜遅くまで男力士たちの世話を焼いていた。
巨大なまわしを洗い、干し、怪我の湿布を貼る。
彼女の細い腕は、ただそれだけで震えた。それでもるかは、笑顔を絶やさなかった。
「女が相撲なんかやるなよ。るか。お前は黙って俺たちの飯を作ってりゃいいんだよ」
エースの横綱候補、剛が、いつものように吐き捨てた。
身長一九〇センチ、体重一六〇キロ。胸板は岩のように厚く、腕の一振りでるかの体を吹き飛ばせそうな巨漢だった。
周りの部員たちが笑いながら同調する。
「そうだよ。マネージャーなんだから俺たちを支えろよ。女が土俵に上がる資格なんてねえんだ」
「ははっ、土俵の上で女が転んだら、ただのエロ動画だって」
るかは拳を強く握りしめた。胸の奥で闘志が燃え上がる。
小学生の頃、祖父に連れられて見た大相撲。
あの土俵の衝撃が、彼女の人生を変えた。なぜ女である自分が、土俵に立てないのか。
毎晩、理不尽が夢に現れた。
ある雨の夜、部室に残ったるかは、誰もいない土俵に一人で立った。
裸足で砂を踏みしめ、蹲踞の姿勢を取る。
「私は……絶対に負けない。男たちに、証明してやる」
鏡に映る自分の姿は華奢だった。だが、彼女には秘密があった。
高校時代から極めた体幹トレーニング。プランク。
腹筋と背筋の深層部が、鋼の芯のように鍛え上げられていた。
相撲は力だけじゃない。体幹がすべて。相手の巨体を、わずかな「ずれ」で崩す。それがるかの武器だった。
翌朝、るかは部長に直談判した。
「私を部員にしてください。マネージャーじゃなく、力士として戦わせてください!」
部長が苦笑する横で、剛が大声で嘲笑った。
「はっ? 女が? 一瞬で潰されるぞ。いいぜ、特別に稽古させてやるよ。男の相撲ってのを、骨の髄まで教えてやるからな!」

初稽古の日、部員全員が土俵を囲んだ。るかは真新しいまわしを締め、蹲踞した。
対戦相手は剛の弟分、山田(120kg)。
「女のくせに、逃げるんじゃねえよ。すぐに泣き叫ぶぜ」
「来い。全力で」
るかは静かに言い返した。
「はっ!」 山田の巨体が突進してきた。どすっ、という重い音。
るかは一歩も引かず、腰を落とした。体幹を鉄の柱のように固める。
相手の胸がぶつかった瞬間、腹筋と背筋が連動し、微妙な角度で体を回転させた。
山田の勢いが空を切り、砂に顔から突っ伏した。
「ぐあっ! なんだよこれ……!」
山田は立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。「運が良かっただけだ! もう一回!」
だが、二度目も同じ。るかは体幹で受け止め、わずかなずれで山田を土俵の外へ投げ飛ばした。
部室が静まり返った。剛が歯ぎしりしながら近づいてくる。
「ふざけんな……女のくせに。次は俺が相手だ。覚悟しろよ」
それから、るかの戦いは本格的に始まった。男たちは強気だった。
「女に負けるはずがない」と嘲りながら、次々と挑んできた。
一人、また一人。るかは体幹の力で勝ち続けた。
相手の体重を、己の中心で受け止め、微妙な「ずれ」を生む。巨体は自ら崩れる。
ある稽古後、負けた部員の一人が土俵に膝をつき、悔しげに拳を砂に叩きつけた。
「くそっ……女に負けるなんて……俺の相撲がこんなに脆かったのかよ……!」
悔しさで声が震え、目には悔し涙が浮かんでいた。
半年後、大学対抗戦。るかは正式に部員登録され、女子として史上初の出場を果たした。
対戦相手は他大学の横綱級、黒崎(百七十キロ)。
「女が土俵に? 笑わせるな。すぐに這いつくばって謝れよ」 黒崎が鼻で笑う。
「謝るのはお前だ。来い」 るかは闘志を燃やし、目を細めた。
太鼓の音が響く。立ち合いと同時に、黒崎の豪快な突っ張りが襲ってきた。
るかの体が浮きそうになる。だが体幹はびくともしない。
腹を凹ませ、背中を丸め、中心を保つ。黒崎の腕が滑り、隙が生まれた瞬間、るかは一瞬で踏み込み、相手の腰を抱き込んだ。
「うおおおっ! 離せ、くそ女!」
黒崎の巨体が、るかの小さな肩で宙に浮いた。体幹の回転力。重心を完璧にずらす。
どすん! 土俵の外へ豪快に転がった。
会場がどよめいた。黒崎は立ち上がり、顔を歪めて叫んだ。
「なんだよこれ……俺が、女に……! 許せねえ、絶対に許せねえ……!」
悔しさで肩を震わせ、土俵を睨みつける目には、男としてのプライドが粉々に砕かれた光があった。
その勝利がすべてを変えた。メディアが騒ぎ、相撲協会も注目。
大学相撲部は「初の女子横綱候補」を抱えることになった。男たちは黙らなかった。
剛が最後に立ちはだかった。
「俺が負けるわけがない。女は所詮、男の玩具だ。土俵の上で泣き叫べよ、るか」
「玩具? だったら、お前を倒して証明してやる」 るかは静かに、しかし燃える瞳で言い返した。
決勝戦。満員の体育館。観客の熱気が空気を震わせる。剛の巨体が、るかを睨みつける。
「来いよ、女。男の力を見せてやる!」
「はっ!」 立ち合い。剛の押しが、嵐のように襲った。どっ! どっ! 重い衝撃音が連続する。るかは後退しない。体幹を極限まで固め、受け止める。
腹筋が悲鳴を上げ、背筋が熱くなった。汗が飛び、息が荒い。
「うるせえ……女のくせに、よく耐えるじゃねえか……!」 剛が歯を食いしばり、顔を真っ赤にして押し込む。
だが、るかの目は燃えていた。
「私は……ずっと、闘ってきたんだ!」
剛の足がわずかに浮いた瞬間、るかは体を沈めた。
相手の重心を、己の中心で吸い込み、返す。体幹の極意。巨漢の体が、くるりと回転した。
どすんっ!! 剛が土俵に叩きつけられた。
静寂の後、爆発的な歓声。剛は砂に這いつくばり、拳を握りしめて地面を叩いた。

「くそ……くそっ……! 俺が……俺が女に負けるなんて……! こんな……こんなはずじゃなかったんだよ……!」
声が震え、悔しさで顔が歪む。男尊女卑のプライドが、完全に崩壊した瞬間だった。周りの男力士たちも、呆然と土俵を見つめ、悔しげに唇を噛んでいた。「あいつ……本気で……」
るかは土俵の上で深々と礼をし、拳を天に突き上げた。汗が滴り、息が荒い。だが勝利の笑みが浮かんでいた。
「これが……相撲だ。男も女も、関係ない。ただ、心の芯が熱い者が勝つ」
数ヶ月後、るかは正式に「横綱」に昇格した。大学相撲史上初の女子横綱。
部室の壁に、新たな額が飾られた。『女横綱 流花るか』
剛は部室の隅で、静かにまわしを握りしめていた。
「……もう一度、挑戦させてくれ。次は……絶対に……」
悔しさは、まだ胸にくすぶっていた。
るかは今日も土俵に立つ。
体幹を鍛え、闘志を燃やし続ける。
男尊女卑の壁など、ただの砂塵だった。次なる挑戦は、全国大会。
さらなる巨漢たちを、彼女は体幹一つで倒し続けるだろう。
「負けない。私は、横綱だ」
