五反田敗北の女相撲オリジナル小説『土俵の火花 ―里江と珠里―』第2話
『土俵の火花 ―里江と珠里―』第2話
夜の稽古場は、昼間とは別の顔を見せていた。
照明は最低限、木の柱と土俵の白さだけが静かに浮かび上がる。
今日は二人きりだった。
「……遅くなってごめん」
珠里がそう言って頭を下げると、里江はすでに土俵の中央で足を止めて待っていた。
「いいよ。むしろ、ちょうどいい」
里江の声は落ち着いていて、感情をあまり表に出さない。
それが珠里には、少しだけ大人に感じられた。
準備運動を終え、向かい合う。
自然と、距離が縮まる。
「今日は、組みを多めにやろうか」
その一言に、珠里は小さく息を飲んだ。
押しや投げより、組み手は誤魔化しがきかない。
相手の体重、力の向き、呼吸まで伝わってくる。
はっけよい。
音は小さいが、衝撃は重い。
腕と腕が絡み、体と体、胸と胸がぶつかる。
「……っ」
珠里はすぐに気づいた。
里江は、前よりもさらに強くなっている。
動きが静かで、無駄がない。
「どうした?」
里江の声が、すぐ近くで聞こえた。
息がかかるほどの距離。
思わず、珠里は視線を逸らす。
「い、いえ……!」
力を入れ直す。
腰を落とし、足を踏ん張る。
だが、里江は焦らない。
じわじわと圧をかけ、珠里の体勢を崩していく。
「……近いね」
思わず口に出た言葉に、珠里自身が驚いた。
「相撲だからね」
そう返す里江の声は、どこか柔らかい。
その余裕が、悔しくて、少しだけ眩しい。
最後は、里江が体を入れ替え、珠里を土俵に押し倒した。
勝負あり。
仰向けになった珠里は、しばらく天井を見つめていた。
胸が上下し、心臓の音が耳に響く。
「……強いね」
そう言うと、里江は手を差し出した。
「でも、ちゃんと来てるよ」
引き起こされる瞬間、指先が触れる。
それだけで、珠里の心が少し揺れた。
「次は、もっと食らいつくから」
珠里がそう言うと、里江は少しだけ笑った。
「期待してる」
稽古場に残ったのは、汗の匂いと、静かな熱だけだった。
第3話(最終回)に続く
